子育てプログラマーの日常

とあるプログラマーの日常をだらだらとつづってます。
家族構成 妻:アロマセラピスト 息子:2007年8月生まれ 娘:2011年12月生まれ

脳内再生

さあ、わが4人のしもべよ。

今こそ、お前たちの本当の力を見せる時だ!!!


(ええっ!!!4人が合体していく...)




















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(要約)
グラフィックの負荷が高いプログラムのテストをするため、
通常4画面で使っているパソコンの画面を1つにして作業中。



そんなセリフを脳内再生しながら仕事するプログラマー

今年で36歳です。

地震に関して

ほとんど、記録のために書いてます。

3/11に地震が起きました。
パソコンの画面を見てた時で、少し酔ったような感覚が有りましたが、
私の居た場所では揺れに気づくかどうかという程度でした。

正直なところ、当日にはテレビに映る世界がどこか遠くの世界の様で、
現実感がなく、マグニチュードの割に死者の数が少ないなと思ってました。

1日経って、被害の度合いが分かってくるにつれ、大変なことが起こっており、
当日の段階ではまだ情報がなかった事が理解できてきた。

と、同時に、阪神大震災の時と同じ様に、
何もできない無力感のような感情が沸き上がってきた。

阪神大震災の時、私の住んでいた場所は震度4程度で、
家の中のコップが数個割れた程度で、特に目立った被害はなかった。

大学の試験期間中だったこともあり、
自身の事を優先して特にボランティアなどには参加しなかった。

試験が終わってから、ボランティアに行こうかとも考えた。
神戸に行った友人が居たので話しを聞いてみると、物見遊山で観光に行ったようで、
倒れた高速道路をバックにピースサインをした写真を見せられた。

友人の行動にいらつきながらも、わずかだけでも食料を持っていった友人と比べ、
何もしていない自分が不甲斐なく、その友人に対しても何も言えなかった。

あれから16年経ったわけだが、たいして変わっていない。
大きな災害に対して、個人で出来ることはあまりにも少ない。

ただ、幾つか神戸の震災の時と変わったこともある。


1.わずかだけでも募金ができるようになった

学生の頃は、多少はバイトで稼いではいたが、「親に食わせてもらってる」身分の人間で、
親からもらった金を人に渡すことに違和感があり、募金ができなかった。
自分で稼げるようになったので、多少なりとも負担にならない範囲で
募金ができるようになった。


2.「できることがほんとど無い」ことが理解できた

地震が起きてからネット上だけでも色々な人を見かける。
何かできないかと物資の送り先、ボランティアの募集先を探す人、
電力不足を補えないかと、東京電力、東北電力以外の地域で節電する人
震災後に行われる、ネット上の発言、イベントなどに「不謹慎」と言って回る人

共通して感じるのは、「自分が無力であることに対する怒り」を
なんとか解消しようとして、見当違いの事をしているように感じる。

震災直後にパニックになるのは仕方がない。
正しい情報を手に入れるまでには時間がかかる。

今現在、個人からの物資はほとんど受け付けていない
(多少は受け付けているところもあります)
関西電力の範囲で節電しても東電と周波数が異なり送電できません。
大阪で飲み会をしている人に「不謹慎」と言ってまわっても
被災者にはなんのメリットもありません。

被災している地域で頑張る人たちの話がテレビやネットから聞こえてくるが
被災者以外の地域の一般人は、被災者を救うヒーローにはなれない
ヒーローになれるのは統制のとれた自衛隊、警察、消防などの組織だけで、
残念ながら、今現在、私のような一般人ができることは募金以外にほとんどない。
(献血は一時的に人が殺到するので、WEBを確認して不足しだした頃に行く方がよいです。)


こんな風に書くのは被災者の方には申し訳ないのだが、
「被災していない地域の人は、娯楽などのイベントも含め"普通に"生活する」
というのが、日本全体のためになると思っています。


余談ですが、祖母が今週末に予定していた鳥取方面への旅行を
「自粛」のため中止しようとしていました。
感情的には理解できますが、日本全体の経済を考えると、
こんな自粛はデメリットしかないです。



そんなわけで、私は"普通に"納期に追われて仕事することにします。
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